5月の言葉

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    〜させていただく〜
     今月は、青年部右京支部男子部長の近藤が担当させて頂きます。どうぞ、よろしくお願い致します。

    5月の会長先生のご法話は『させていただく』です。
    私はこのタイトルを見た時、「あぁ、自分の課題だ」と思いました。
     私は支部の男子部長のお役を頂いていますので、青年部というより支部で活動させて頂く事が多く、夜勤の仕事をしている関係上、夜勤明けの朝に教会に来て、お役をさせて頂いたりする事が多いのですが、誰かに「○○をして下さい」と言われれば「はい」と素直に言えるのですが、自分から何かをお手伝いしたい時、手を差し伸べたい時に思うように動けないのです。
    教会の先輩方は何かと気がつき、ささっと手を差し伸べられるのを見て自分は一歩遅れてしまい固まってしまうのです。この時に一歩自ら進む事が出来たら私は信仰者としてもう一歩踏み出せるのにと思い、最近は仕事でも教会でも、先読みをするように心がけています。まだまだですが、少しずつでも先輩方に近づきたいと思い、実践させて頂いています。
     私は、『仏さまへの感謝』という所を読んで、自分には感謝が足りないなと思いました。私の母は、私が生まれる前から精神病を患い、妄想や幻聴に振り回され、ガラスや食器を割ったり、家の外にも十二分に聞こえる金切り声を毎日上げ、疲れては眠る。朝から深夜までずっとそれは続き、聞こえてくる幻聴に対していらつき、馬鹿とか、死んでしまえとか、四六時中幻聴と妄想に向かって怒鳴り散らす日々でした。私は小さい頃から母のそういった姿しか見えていなかったし、そうではないと分かってはいるのですが、自分に向けて怒鳴られているように感じる事も多く、とても心穏やかには居られない毎日でした。そんな母が数年に一度、精神科に入院した時にはどれだけ心休まった事か。思い出すのも書くのも嫌なのです。正直、母は嫌いですし関わりたくもありません。しかし自分の母なのです。生まれてからずっと罵詈雑言を浴び続け、私は何故生まれたのか、何を願われて生れたのか。自分の運命を憂い、自死を願った日々もありました。親が子供を作る行為は生まれてくる子供に対して何も保証してあげられない。非常に自分勝手な行為だと感じていました。
     しかし、20歳の時、京都教会で成人式を迎え、仲間に恵まれ教えを学び、常日頃から感謝の念や、させて頂くという事を学ばせて頂く中で、病気になる前の母の姿や、母の良かった所を探そうと思えるようになりました。母は数年前に通院時にコケて足首の骨を折り、体は治ったのですが、本人に歩く気力が無く、歩けなくなってしまい、老人向けの精神病棟に入院となりました。私の苦悩は消え、金切り声を聞くことも無くなり、心が落ち着つきました。そして落ち着いて物事を考えられるようになった時にようやく、生まれてからずっと、苦悩ばかりではなく幸せを感じられるような出来事もあった事や、今の落ち着いた生活が幸せだと感じるのはある意味で母のおかげ様なのだと思うようになりました。
     私の次のステップは入院中の母にお見舞いに行く事です。どうしても心のわだかまりが消えず、会いたくない気持ちが強くて行けないのですが、幸せを感じられる事、今生きている事に感謝して、乗り越えなければいけない課題なのだなと感じました。ですので、母の日までには一度お見舞いに行ってきます。ありがとうございました。

    合掌
    右京支部男子部長 近藤 直毅

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