1月の言葉

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    〜明るく、朗らかに〜

    謹しみて初春のお慶びを申し上げます。
    さて、弊会機関誌の平成30年『佼成』1月号にあります会長先生ご法話は、「明るく、朗らかに」という題であります。前段では、「自らを灯として」とあり、後段では、「法をよりどころに」というお話をくださっています。つまり、釈尊の晩年の説法といわれる有名な「自灯明、法灯明」にふれられているお話です。
    お釈迦さまは最晩年に、故郷へ向けて旅に出られ、その途中で病に伏せられたとき、「世尊亡き後に、これから私たち弟子は何を依りどころにしていけば宜しいのでしょうか」と常随の侍者・阿難尊者がお尋ねすると、次のようなお言葉をくださったと伺っています。
    「自らを洲(しま)とし、自らを依りどころとして、他を依りどころとすることなく、法を洲とし、法を依りどころとして、他を依りどころとすることなかれ」という言葉が『大パリニッバーナ経』にあります。
    この中にある「洲」とは、中洲の「洲」であり、水流に運ばれた土砂が堆積して河や湖や海の水面上に現れた高所のことです。インドでは大河が多く、雨期の豪雨で多量の土砂が押し流されて、たまった洲がたくさんできます。洲は、にわかに水量が増したとき、人命救助の作用をします。
    この「洲」を「灯明」とも呼ばれていますが、意味は同じです。一般的に漢訳経典では「自灯明、法灯明」と呼ばれ、広く世間にも知れ渡っており、仏教徒にとって、大切な言葉です。
    私が住まわせて頂いている京都のアパートでは、水道料金だけが銀行口座からの自動引き落としではなく、オーナーさんの指定口座に振り込むことになっています。請求書が偶数月になると郵便受けに入っているのですが、先月は入っておりませんでした。
    これは支払わなくてもよいということか?などと自分に都合よく考えたりしましたが、元来、根が真面目な性格ゆえ、電話をかけて請求書を再発行してもらうことになりました。
    そののち私は、今度からは請求書を封筒とか、ビニールシートに入れてくれれば、広告のチラシなどに紛れず、見つけやすく、無くすこともないだろうにと思いました。
    しかし、もう少し工夫してくれたらとか、配慮してくれたらと要求するのは、他を依りどころとするもので、他に努力してもらい、自分が楽をする生き方となる。傍を楽にする、他を喜ばせるという教えに基づき、自ら進んで、「自分のことは自分でする」という生き方を目指すならば、従来通りに請求書のみを入れてもらい、自分が意識をもって丁寧に確認する。余計な手間をお掛けしない、自らを依りどころとする生き方になるものと気づきました。
    私は、これからも引き続き、真理・法に随順しつつ、主体的で、自立した信仰生活を送らせて頂きたいと誓いを新たにさせていただきました。
    法の光をいただくことで、自らも明るくなります。そして、自ら輝きを放つことにより、自他ともに朗らかに過ごせるのだと信ずるものです。
    本年も宜しくお願い申し上げます。

    合掌
    京都教会長 佐藤益弘
    【佼成1月号はこちらからご覧頂けます】
    【朗読版はこちら

     


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