6月の言葉

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    〜仏の教えを習い、学ぶ〜

     

     「今月のことば」を担当させて頂きます、洛叡支部の古田雅章です。

     

     会長先生の「仏の教えを習い、学ぶ」を読ませていただき、まず最初に感じたのは「難しい内容」という事です。3回読み直しました。それから声に出して読みました。会長先生のご法話は、知的で文学的で、いつも理解するまでに時間がかかります。ただ、自分なりに理解が進んだとき、それはそれはありがたい気持ちになり、「やはり会長先生は素晴らしい」と毎月思わせていただくわけです。


     今回、「習学」について教えていただきました。私が法華経に出会ったのは18歳の時でしたが、あまり勉強、つまり学習をして来なかった自身を振り返ると、これまで生きてきたなかで、どちらかというと「習学」について考える時間が多かったように感じます。
     

     出身は山口県下関市。信仰二代目。高校卒業とともに京都に移り住み、京都教会の皆さまの触れ合いのお蔭様で、改めて自分の意志で立正佼成会に入会しました。学校、その後の就職と、様々な悩みや苦しみを経験しましたが、教会では必ず「まず自分の事としてとらえましょう」「自分が変われば相手が変わる」と徹底したご指導をいただき、素直に実践する中でたくさんの功徳をいただく事ができました。

     

     特に、青年幹部教育を受講しているさなか、しかも会社に入りたての新人研修中に、父が事故で他界した出来事は私を大きく成長させました。私は父が嫌いでした。アルコール依存症である父を私はとても嫌っていました。そのような私でしたが、青年幹部教育の中で、どんな理由であれ自分の子供に嫌われている父の気持ちってどんなものだろうかと、父の気持ちを考える機会を与えていただきました。自分の事しか考えていなかった自分に気づき、すぐに父に懴悔の手紙を書きました。

     

     次に会ったときに必ず手紙を渡そうとしていたそんな矢先に父は突然亡くなりました。その後、手紙を渡せなかった事に囚われていた私でしたが、「逆に渡せなかったからこそ、その気持ちをいつまでも持ち続ける事ができるんですよ。」と青年幹部教育の講師の方に教えていただいたとき、この信仰は間違いないと確信しました。
     

     そのまま進んでいたら、もっともっとありがたい自分になっていたかもしれませんが、社会にもまれ、残念な事に歳を重ねることに素直な自分は薄れ、逆に我がままで自分勝手な日々を過ごしている現在だと感じています。日々反省です。
     

     そのような私ですが、今回のご法話の最後に「習学の実践」について説かれている部分でたいへん救われました。実践とはつまり「基本信行」であると教えていただきました。佼成会員としては実に当たり前の事ですが、これが本当に大切で、また当たり前に続けていく事が本当に難しいと実感しております。改めてこの事を認識でき、また新鮮に受け止める事できたのはこれまでの修行のお蔭様だと感じます。


     今年は京都教会発足60周年の節目の年、これまでの自分を振り返り新たな気持ちで、佼成会のご縁でいただいた計り知れないご恩をこれから精一杯お返ししていきたいと願います。

     

    合掌
    洛叡支部 古田雅章
    【佼成6月号はこちらからご覧頂けます】
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