5月の言葉

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    〜悠々として、心安らかに〜

     

     佼成5月号のお役を頂いた、伏見支部の石田です。教会が閉鎖されて2ヶ月が過ぎ、以前、ご命日参拝で支部の皆さんと確認法座の際に「今日、教会に参拝できる事はあたり前でないのですよ」と、お伝えしていた自分を思い出します。

     本当にその通り、参拝したくても参拝できない時が、いま現実にあります。いつも目の前にあった「佼成」も手に届くことなく、今回はスマホから閲覧してノートに書き取り、何度も読み返しながら、少しでも会長先生のお心に近づけられるよう、学ばせて頂きたいと思います。

     

     今月、会長先生から、「草餅説法」を教えて頂きました。島根県浜田市に妙好人、石見の善太郎さんのお話です。

     

     若いころは「毛虫の悪太郎」と言われていた人が、やがて阿弥陀さまの信仰に目覚め「石見の善太郎」と敬愛されるようになりました。

     

     ある日、善太郎さんの信仰仲間が訪ねて来られ、本山参りの際、一泊させて頂いた時に着物を盗んで持ち去ったと言われ、激しくののしられます。すると、善太郎さんは身に覚えがないにもかかわらず、その方にお詫びし、着物の代金を渡し、仏壇にあった草餅をお土産にと持たされました。

     

     会長先生は、もし私たちが同じ立場におかれたら、この事態をどう受けとめ対処しますか、私はきっと自分を守るために釈明し、憤慨していると思います。

    結局、着物を盗んだ人は別におり、善太郎さんの潔白は明らかになります。では何故、善太郎さんが、そのような事態を受け入れることができたのか。

     

     会長先生は「阿弥陀さまにすべてをおまかせしている」という善太郎さんの絶対的な「信」によるものではないかと教えて下さいました。

    「やましいことは何もない。仏さまはすべてご照覧なのだ」そうした悠々として安らかな気持ちがあればこそ、あのように受け止めることができたのでしょう、と。

     

     今、家の中でじっとしていると心が揺らいでしまいます。ライフライン、食事、情報と、不自由なく生活できているにもかかわらず行動の制限によって、人さまと触れられないもどかしさに心が疲れています。

    受け入れがたい現実を受け止めて、悠々と安らかな心になるには、仏さまを信じ、この教えを私自身がしっかりと持ち続けることが大事と思わせて頂きました。

     

     先日、車で買物に出かけている時、横断歩道に男性が立っていました。私はすぐに手前で車を止め渡って頂きました。すると、その男性はとてもうれしかったのか、渡った後も私にお礼の頭を下げてくださり、とても温かい心になりました。

    次の日、散歩の帰りに横断歩道で車が通りすぎるのを待っていたら、すぐにトラックが止まってくれ、渡ることが出来ました。まるで、昨日の私の行動をすべて見て頂いていたようで、とてもうれしくなりました。

     

     今、一人ひとりの心と行動が問われています。仏さまを信じ、教えを実践していくことで、生かし、生かされている縁に気づかせて頂きます。

     

     一人でも多くの方と、感謝の気持ちが共有できるよう、今、できる精一杯の方法で皆さまとつながっていきたいと思わせて頂きました。ありがとうございました。

     

    合掌

    伏見支部支部長 石田悦子

    【佼成5月号はこちらからご覧頂けます】

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