7月の言葉

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    〜いま、自分にできることを〜

     

     日々ありがとうございます。今月は、西京支部の澤村が担当させて頂きます。よろしくお願いします。

     

     コロナ禍の中で自粛し教会に参拝できなくなり約3カ月が経ちました。それでも私が佼成会の会員である理由は、そうでなくなると善人で居られる自信がないからです。

     

    人と触れ合わなくなり世界観が狭くなると「私だけ良ければ」の気持ちが湧いてきます。特に社会変化が激しい今は、より一層その気持ちが強くなります。

    ですがその気持ちに「よく考えてみて?」と問いかけてくれるのが仏さまのみ教えです。信仰者として「すべての人々を救いたい」とまで考えられなくても、社会生活をしている以上「世の中の役に立てる私でありたい」この思いだけが私の支えで最後の砦です。

     

    また情報が多くなるとすぐにそれに反応して買い占めや、不安を払拭しようと言う気持ちになります。そのままに行動すると世の中が一方向に動きだし大変危険な世の中を作り出すことになります。

     

    社会批判や政権批判も同じで全ては私たち自身に帰ってきます。この世の中を作り出すのは私たち自身で全ては自身の鏡です。そんな時、粛々と自分たちの責任を全うすることは教えて頂く通り大切です。

    社会に不満があるなら選挙に行き、品物を購入する前によく考え無駄や食品ロスをなくす。目の前に在ることに一生懸命になる。しかし世界は資本主義を中心に動いており「お金」が中心とも言えます。または購買消費社会とも言えると思います。事実それが私たちの生活でこの世を発展させてきた要因です。

     

     今回のコロナウイルスは今までの価値観に警鐘を鳴らして私たちに働きかけているように感じます。会社の自粛時短期間中、朝は家族でラジオ体操。昼は家の整理に日曜大工。夕方は家内と三部経の通読をしていました。

    どこにも外出できない濃密な家族との触れ合いで気が付いたことがあります。私の家族の在り方は「消費・購買」によりつながっていたことです。

     

    美味しいものを買ってあげる。休みに楽しいところに連れて行ってあげる。欲しいおもちゃを買ってあげる。それが出来なくなると今までの家族の在り方が急に揺らいで来たのを夫婦で感じました。

    そして、躾として子供にお手伝いを分担させていますが、生活や生きるための共同作業分担で無く躾の範囲を超えないことに気が付きました。

     

    私の家庭では子供が日々の生活の責任を負わず、勉強と遊びのみの毎日です。友人に聞いてもこれは一般的な様ですが、これでいいの?と家内と話し合いました。結果は出ませんでした。ですが日々の発展した生活に感謝しよう、恵まれた環境に感謝しようでした。 

     

    毎日が少なくとも命の心配がないことに。毎日が不自由ないことに。その上で子供たちには自分の事は自分でしてもらおう。食事の給仕・布団の上げ下ろし等ですが、促す親にも覚悟と一貫性が必要で結構疲れます。始めてみたもののこれでいいのか?と悩んでいます。

     

    そんな時に会長先生が四弘誓願を私にもわかるように教えて下さいました。何か私たちの家庭の悩みのヒントを頂いたように感じます。もう一度家内と相談して三つの実践と共に子供たちとも話し合ってみたいと思います。                

     

    合掌

    西京支部壮年部 澤村悦玄

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