10月の言葉

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    祈りの先に…

    私事ではありますが、今年二人目の孫が産まれました。新しい命を頂くと「この子が健やかに育ちますように」と、自然に手を合わせ祈ってしまいます。又、先月は「敬老の日」がありました。健康を長寿を、との思いで祈られた方も多いと思います。何かあるごとに、自然に「祈る」という事ができるのは、宗教心が代々伝えられている民族だなと思います。10月号の「佼成」では、『祈りの先に・・・・・』というご法話を、会長先生より頂いております。

     前段では、【祈りとは】ということを教えて頂きます。かつて開祖さまから、「信仰というと、苦からの救われや願望成就を願って神仏に祈ることと考えられがちですが、神仏に祈るだけでなく、仏法すなわち真理に随順した生き方を目ざすのが信仰です」と、教えて頂きました。人は皆、悩みや苦しみがあると、なんとかこの状況から抜け出したい、好転させたいとの思いから、「〜になりますように」と祈願する事が多いと思います。

    私の一人目の孫は、2番染色体異常と合併症の障害を持って生まれました。生後3ケ月の時には、小児科の先生から「話す事も歩く事もできず、寝たきりになります」と言われた時には、「少しでもこの子が動く事ができますように。少しでも話す事ができますように」と、神仏に強く願いました。願えば願う程、一生懸命生きようとしている孫の姿を見ると、今のままではダメなんだ、もっともっとと無理難題を押し付けているようにも思えました。

     そして、後段の【信仰を深める契機に】では、祈りには「苦しみから抜け出したい」という声や思いをまごころで受け止めていくのは当然のことです。と教えて頂きますが、もう一方で、私たちは祈願の先にある大事なことを、常に忘れてはならない事も教えて頂きます。その大事なこととは、「生老病死は人生につきものである。だからこそいま生きていることの有り難さに気づいてほしい」という仏の願いです。

    生きる事に精一杯な孫に、あれもこれもと大きな期待を自分勝手に押し付け、思うようにならない事に苦しむ私でしたが、親である娘を見ていると、「可愛い可愛い」「これでいいかな?このほうがいいかな?」と、一番苦しいであろう娘が、手さぐりながらもありのままの現状を受け入れ、一生懸命育てているのです。

    孫が授かり生まれてきたくれたお陰さまで、娘が親らしくありのまま育てていることに、ありがたいなと言う思いが湧き上がり、孫と娘から素直にありのまま受け入れることの大切さを教えて頂きました。

    そう思えると、「どうぞ頂いた命を精一杯全うできますように」と願うようになり、障害があるとか、病気があるとか、短命であるとか、そういう事にあまり囚われなくなっていました。又、他の子と比べるのでなく、その子自身の一年前、二年前の成長を比べる事で、家族で喜ぶ事が増えてきました。悩み苦しみは、嫌な事ではありますが、全てに意味がある事のように思えます。

    来年、孫は小学校へ上がります。まだまだ年齢通りではありませんが、多くの方のお陰さまで走る事もでき、話す事もできるようになってきました。先生に宣告された通りになっていない事に、なんとも言えない不思議を感じさせて頂いておりますし、なによりも孫のお蔭で、家族がありのままを受け入れ、それぞれのやさしさを発揮し、あかるく温かな家庭になっている事が、とてもありがたいです。

    お願い参りも祈りも、それら神仏と向きあう機会はすべて、仏さまが「大切なことに気づくように」と願って与えて下さった契機です。そのことをよくかみしめて、日々の暮らしのなかでともども信仰を深めてまいりましょう。と、結んで頂いております。「悩みや苦しみを、信仰を深める契機」と受け止め、自分の心を整え、ふれあう方々にやさしく、明るく、温かく接していけるよう心がけたいと思います。

                                 合掌

    京都教会教務部教務員 川野輪佳代子

     【佼成10月号はこちらからご覧頂けます→リンク設定中】


    第二回青年カフェ開催

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       8月27日、青年カフェと題し政治学習会が開催され青年層を中心に20名が参加し、府議会議員さんから身近に政治についての講習がありました。
      夏の参議院選挙も終わり、日頃から政治に関しては意識を持っておくために継続開催になった当カフェに今回初参加の青年部員もおり、少し難しかったという感想はあったものの、自分たちの住んでいる地域の課題に意識を持っておくことの大切さを学びました。
      府議会議員は条例(ルール)を決めることが主な仕事の一つであると学び、そのためには市民一人ひとりの、地域を良くしたいという「ほっとけない」気持ちが大切でこの気持ちから政策が生まれるとし、傘を例えに濡れない人を作ることが大切と説明を受けました。
      今後はより地域に根差した形でカフェを開催するなど、様々な検討を行いながら政治に関して取り組んでいきたいと思います。
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      平安月報9月号

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        平安月報9月号が出来ました。

        今月は
        1面:WCRP国際活動報告会
        2面:今月のことば、ゆめポッケ発送式
        3面:第51回比叡山仏教文化講座、戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日式典
        4面:新宗連「平和学習会」 の構成になっています。

        ぜひご覧になって下さい。こちら→
        平安月報9月号

        9月の言葉

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          「老いの輝き」

          9月号の「佼成」では、会長先生より「老いの輝き」をテーマにご法話を頂戴しております。

          前段では、「本来の面目」ということを教えて頂いております。いま日本には、後期高齢者と呼ばれる75歳以上の人が1.641万人いるそうですが、「後期」を「光輝」とすれば、元気で活躍するイメージが伝わり、気持ちが明るくなるが、みんなが光り輝く高齢者なのかというと、必ずしもそうではないというところにデリケートな問題があると述べられています。

          続いて、道元禅師の歌を引用され、すべてのものがありのままに独自の輝き放っていることがすばらしく、人生における晩秋といえる高齢者においても、一瞬一瞬をありのまま、素直に受け止めているかどうかが大切であり、自分が今あることそのものに目を向けて、そこに映る輝きや有り難さに気付いている人こそ、本当の意味で光り輝く高齢者というのではないかと思う、と教えて頂いております。

           私は今68歳で後期高齢者に近づいています。年をとって2年前に12胸椎圧迫骨折で4ヶ月入院、要介護1を頂き、8ヶ月デイサービスに通いました。その間、子供達、兄弟、サンガの方、多くの人に大変お世話になりました。ある方から毎日励ましのメールを頂きました。「草原の輝き・花の光栄」から始まり「今それが無くても嘆く事なかれ、その奥に秘めたる光を見い出すべし」と送られて来たのです。

           私は一瞬元気になりましたが、体はなかなか良くならず、元気だった過去と今を比較します。出来ない事が増え、嘆きを繰り返しながら、及ばぬことと諦めます。会長先生から「ありのままを素直に受け止めることです」と教えて頂き、今の私でも自分が出来ることを見つけ、感謝する、そして相手を理解することだと気付かせて頂きました。

          そして後段の「菩薩の輝き」では「たとえ寝たきりの人であっても光り輝く菩薩として、まわりにいる人たちの心田を耕す犂(すき)となり、鍬(くわ)となっていることを忘れてはならないのです。開祖さまは『自分が生きていることがそのまま布施になるような人生を送りたい』と言われました。

          私たちには生きる姿を通してさせて頂ける布施もあるのです。本会の教会やサンガには、もうすっかりその下地が備わっているはずです。教会道場で学んだ仏さまの教えを家庭や社会に発揮することです。お互い助け合うことも、声をかけあうことも当たり前です。道場に思いやりがあふれる光り輝く高齢者はきっと若い世代の方々の目標となり地域においても大切な役割を果たすのです」と教えて頂きました。

          現在、私は「ハッピーリング委員」というお役を頂いております。開祖さまの説かれた「一乗の世界」という願いを基に、近畿の教会が互いに交流しあい「しあわせ(ハッピー) と、良いご縁(円:リング)を頂かれますように」との願いをこめて、作られたものです。世の中は少子高齢化でもあり、ゆっくりゆったり進めていく中で色々メニューを出して下さり、一所懸命、私の出来ることをさせて頂いています。みんなの応援隊、おおらかに触れ合い、見守りたいです。私は福井教会でこの教えに出会い、結婚、子供達に恵まれ、おかげさまで支部長のお役を頂き、思いやり溢れる支部の方々に支えて頂きました。そして教えのシャワーをいっぱい頂きました。これからは恩返しの人生として應揚(おうよう)な、ゆったりした人になれるよう修行精進してまいります。

                                       合掌

          京都教会教務部教務部長付 武田好代
          【佼成9月号はこちらからご覧頂けます→佼成9月号

           


          ゆめポッケ発送式

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             8月28日、教会法座席に於いてゆめポッケ発送式が行われ、少年部、婦人部の参加がありました。
            式典では読経供養、紙芝居、○×クイズ、感想発表が行われ、笑顔あふれる楽しい発送式になりました。
            今年も各家庭でポッケを製作し、中に入れる品物集めを家族で話し合いながら取り組み、集まった261袋は箱詰めされ法座席に積み上げられました。式典後、参加者全員で箱を玄関まで運び、運送業者に託しました。ありがとうございました。
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            戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日

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               8月15日、京都教会において戦争犠牲者慰霊・平和祈願の日式典が行われ、帰省された会員さんも含め多くの方々が参拝されました。献鶴の儀、読経供養、ドキュメント映像のDVD放映、作文集朗読、最後に佐藤教会長さんからお言葉を頂きました。
              献鶴の儀では平和の大切さを後世に伝えるために親・子・孫の三世代によるもの、DVD放映では以前にNHKで放映されたドキュメント映像から、太平洋戦争開戦から終戦に至るまでの日本の歴史を振り返りました。
              また作文集朗読は沼津市内の小中学生が、授業や各種メディアの報道、身近な人の体験談などから、平和について感じたことを作文にしたもので、その中から2作品を朗読しました。
              佐藤教会長さんはお言葉の中で、語り継いでいくことの大切さ、一緒にお墓参りに行くなどしながら継承していくことが大切と述べました。また天皇陛下の玉音放送によって軍事国家から平和国家になったが平和国家であり続けるには努力が必要であり、平和憲法があるから大丈夫ではないと説明。和の精神を人々が行じ、その行いを家庭、地域、国家、世界に広げていくことで平和になるとし、一人ひとりの平和な行いこそが世界平和につながると精進を促しました。そしてリオオリンピック金メダルの内村選手を例えに、世界一の選手は世界一の努力をしていたとし、平和な国家も同じで世界一平和な国民にならなければならないと述べ、会長先生からお示し頂いた心優しい人になるようにしましょうと結びました。
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              平安月報8月号

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                お陰さまで
                平安月報8月号が出来ました。
                今月は
                1面:かめおか宗教懇話会・総会
                2面:今月のことば、少年少女フェスティバル、明社活動
                3面:少年部活動報告、祇園祭曳き手ボランティア、3教会合同壮年交流法座
                4面:「平和への道」より の構成になっています。
                ぜひご覧になって下さい。こちら→
                平安月報8月号

                比叡山仏教文化講座

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                   7月30日、比叡山の延暦寺会館で「第51回比叡山仏教文化講座」が開催され、京都教会からも多くの会員が参加しました。
                  講座の前には座禅体験と散策に分かれ、各自希望するコースを選択しました。座禅体験では日頃入らせて頂けないお堂まで入り貴重な時間を過ごすことが出来ました。
                  その後の講座には歌舞伎役者で俳優の市川猿之助さんが自らの経験を踏まえて語り、約400人が聞き入りました。市川さんは仏教に造詣が深く、天台宗の特徴について、自身の理解を語られました。
                  またオペラ歌手で浄土真宗西来寺住職の花月真さんと作曲家でピアニストのACOON HIBINOさんによる「念仏コンサート」も行われました。
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                  8月の言葉

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                    「まず自分から」

                    8月号の『佼成』では、会長先生より「まず自分から」をテーマにご法話を頂戴しております。前段では「楽しく自然に」ということを教えて頂いております。

                    <道端のゴミについて>

                    1.ゴミを拾うボランティアの人→清々しい

                    2.ゴミを捨てる人→公徳心を疑う→いらだち・怒り

                    (見方や受け取り方を変えてみる)

                    3.ゴミを捨てる人→自分はけっして捨てない→「まず自分から」ゴミを拾う→気持ちいい生活が送れる

                    4.「まず自分から」で大事なのは、?自然な心のはたらきであること、?楽しみながら実践すること

                    では4のようになるにはどうすれば良いのでしょうか?自分の行動を振り返ってみますと、私は職場でトイレ掃除をさせて頂いております。自らすすんで掃除をさせて頂いてはいるのですが、汚れているのを見るとついつい「コラッ()」と思ったり、「誰が掃除したってると思ってんねん!」と他人を責める気持ちが湧いてきます。

                    自分が掃除しなくても、誰かがするだろうと思い何もしないでいると、誰かが掃除をしてくれた形跡はありましたが、頻度や仕方が納得できない。やはり自分がしようとキレイにさせて頂いております。そんな気持ちになるのはなぜかと考えてみますと、自分が気持ちよく生活したいのは勿論ですが、そのことで他人も気持ちよく過ごしてもらえると思うからです。なかなか仏の遊戯三昧とはいきませんが、「まず自分から」気持ちも行動も「楽しく自然に」を目指したいと思います。

                    そして後段の「一人ひとりの慈悲心から」では、熊本地震後における会員さんの行動力のお話しを元にして更にわかりやすく人として素晴らしい姿を説いて頂いております。困難な時にこそ、その人の人間性が表れます。「まず自分から」と率先躬行し、あるいは、「まず人さま」と心を砕く、その一人ひとりの思いやりの実践が大きな安心となること。また、「協力」という言葉の「協」の字について教えて頂いております。

                    私は、地元では社会体育振興会の役員として会議や行事への参加、佼成会では教会行事や壮年部活動、更に今年は政治社会委員として多忙な日々を過しております。何とか倒れずに済んでいるのは、家族の絶大なる「協力」と「愛情」によるお陰様です。

                     しかし、自分自身は忙しすぎで疲れも溜り自分のことしか考える余裕がなくなり、周り(特に家族)への心配りが出来ていません。

                     先日こんな事がありました。日曜日の夕方に壮年部行事から帰ってくると、妻は「頭が痛い」と寝込んでいました。こちらも疲れていたので妻を放ったらかしてテレビ(真田丸(BS))を見ていました。後から話しを聞くと軽い熱中症のようでした。その間、息子は私と違って、「大丈夫?」と心配顔。飲み物や軽い食事を運んだりして気遣っていました。それを見て私も遅ればせながら顔を見に行ったのですが後の祭りです。その日から妻は私のことを「真田丸」と呼ぶようになりました。まわりの人を思って「まず自分から」心を寄せ、力をあわせなければ、みんなが気持ちよく生きられる平和な世界は訪れませんと書いてあります。家庭の中のことでも本当にその通りだとつくづく思いました。

                     平和という意味では、積極的な行動だけがそのための「実践」ではなく、批判したくなるような人や許し難い人を包容していくこと、そういう意識の変革も、私たちの大切な実践行ではないでしょうか。と今月の結びのことばとして頂いております。

                     知らず知らずに周りの人を傷つけていますし、その反対に傷ついたり批判されたりもします。しかし、そこは教えて頂いている通りに、自分から慈悲心を発揮すれば気持ちよく生活していけると受け取らせて頂きました。まずは家庭から実践していきます。

                                                 合掌

                             京都教会壮年部副部長  清水道浩


                    【佼成8月号はこちらからご覧頂けます→佼成8月号

                     


                    ニコニコキッズ七夕まつり

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                      7月3日、京都教会においてニコニコキッズ七夕まつりが行われ、多くの少年部員と保護者の方々が参加しました。
                      午前中に開祖さまの紙芝居を見て、開祖さまの人柄と人生に触れたあと、グループワークで開祖さまの良いところみんなで出し合いました。
                      そして開祖さまを真似てどんな自分になりたいかを短冊に書いて笹に吊るしました。
                      お昼には流しそうめんを楽しみました。

                      ・開祖さまになりたい
                      ・みんなにたよられる人になりたい
                      ・働いてみんなにお金をあげたい
                      ・パパとママが困ってるときにたすけてあげたい
                      ・人にしんせつになりたい
                      ・かいそさまのようにかっこよくなりたい
                      ・お母さんとお父さんのいうことをきく
                      ・パパとママをたすけたい
                      ・どんなこともいっしょうけんめい頑張るかいそさまのようになりたい
                      など、いろんな願いの短冊が出来ました。
                      後日、各ご家庭のご宝前にお供えし、菅沼子ども村に参加の際に持って行く予定です。
                      2016070400164820160704001507


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